第6章 民商建設の50年

  歴代役員、会員現勢の推移

年度  会名  会長  副会長  事務局長  共済会理事長  青年部部長  婦人部部長  会員数 
 1947年
(昭和22年)
長田納税民主化同盟 南 藤治 鳥越巌  公称
1000
 1948年
(昭和23年)
長田納税民主化同盟 南 藤治 鳥越巌  公称
1000
 1949年
(昭和24年)
西神戸民主商工会 南 藤治 鳥越巌
 1950年
(昭和25年)
長田民主
商工会
柴 国一 前田美信
 1951年
(昭和26年)
長田民主
商工会
柴 国一 新野吉雄
 1952年
(昭和27年)
長田民主
商工会
南 藤治 揚井栄一  公称
150
 1953年
(昭和28年)
長田民主
商工会
南 藤治 小林吉雄
 1954年
(昭和29年)
長田民主
商工会
南 藤治 小林吉雄
 1955年
(昭和30年)
長田民主
商工会
南 藤治 小林吉雄   130
 1956年
(昭和31年)
長田民主
商工会
南 藤治 小林吉雄
 1957年
(昭和32年)
長田民主
商工会
南 藤治 小林吉雄
 1958年
(昭和33年)
長田民主
商工会
大西武雄 小林吉雄  156
 1959年
(昭和34年)
長田民主
商工会
大西武雄 小林吉雄  191
 1960年
(昭和35年)
長田民主
商工会
小鯛亀次 米田増太郎
吉川為次
小林吉雄
 1961年
(昭和36年)
長田民主
商工会
小鯛亀次 米田増太郎
白川忠次
小林吉雄  243
 1962年
(昭和37年)
長田民主
商工会
横峰栄助 米田増太郎
白川忠次
芝崎角夫
田中潔
小林吉雄  242
 1963年
(昭和38年)
長田民主
商工会
大西真二 米田増太郎
白川忠次
芝崎角夫
田中潔
小林吉雄  327
 1964年
(昭和39年)
長田民主
商工会
大西真二 米田増太郎
白川忠次
芝崎角夫
久留島義忠 
小林吉雄  424
 1965年
(昭和40年)
長田民主
商工会
大西真二 白川忠次
久留島義忠
中川一三
小林吉雄 関義一  猪井多喜子  480
 1966年
(昭和41年)
長田民主
商工会
大西真二 久留島義忠
中川一三
吉川為吉
小林吉雄 関義一 高田てるえ  547
 1967年
(昭和42年)
長田民主
商工会
大西真二 久留島義忠
中川一三
吉川為吉
小林吉雄 関義一 高田てるえ  618
 1968年
(昭和43年)
長田民主
商工会
大西真二 久留島義忠
中川一三
吉川為吉
松井多喜治
村上文夫
清水保 
白川豊 関義一 高田てるえ  707
 1969年
(昭和44年)
長田民主
商工会
大西真二 久留島義忠
中川一三
吉川為吉
松井多喜治
村上文夫
清水保
白川豊 中村和男  佐藤としえ  903
 1970年
(昭和45年)
長田民主
商工会
大西真二  久留島義忠
松井多喜治
吉川為吉 
白川豊 中村和男 猪井多喜子  1020
 1971年
(昭和46年)
長田民主
商工会
大西真二 松井多喜治
吉川為吉
大西潔
徳永一利
白川豊 中村和男 猪井多喜子  1275
 1972年
(昭和47年)
長田民主
商工会
大西真二 大西潔
徳永一利
村上文夫
中川一三 
白川豊 中村和男 猪井多喜子  1127
 1973年
(昭和48年)
長田民主
商工会
大西真二 大西潔
徳永一利
村上文夫
中川一三 
白川豊 中村和男 猪井多喜子  1416
 1974年
(昭和49年)
長田民主
商工会
大西真二 村上文夫
中川一三
関義一
川畑幸男
竹田圭后
白川豊 中村和男 猪井多喜子 1604
 1975年
(昭和50年)
長田民主
商工会
大西真二 村上文夫
中川一三
関義一
川畑幸男
酒井常勝
白井弘二 粟田晧二 猪井多喜子  1622
 1976年
(昭和51年)
長田民主
商工会
大西真二 村上文夫
中川一三
川畑幸男 
白井弘二 中山富次 猪井多喜子  1757
 1977年
(昭和52年)
長田民主
商工会
大西真二 村上文夫
中川一三
川畑幸男
白井弘二 川越弘一 北山はまこ  1889
 1978年
(昭和53年)
長田民主
商工会
中川一三 村上文夫
川畑幸男
宮川 隆 
白井弘二 川越弘一 田中広子  1925
 1979年
(昭和54年)
長田民主
商工会
中川一三 川畑幸男
宮川 隆
梶原影俊
白井弘二 川越弘一 関京子  2005
 1980年
(昭和55年)
長田民主
商工会
中川一三 川畑幸男
宮川 隆
梶原影俊 
白井弘二 川越弘一 関京子  2057
 1981年
(昭和56年)
長田民主
商工会
中川一三 川畑幸男
宮川 隆
梶原影俊
杉 茂
白井弘二 時田謙 関京子  1950
 1982年
(昭和57年)
長田民主
商工会
中川一三 川畑幸男
梶原影俊
仁礼景雄
藤井茂夫 
白井弘二 時田謙 関京子  1940
 1983年
(昭和58年)
長田民主
商工会
中川一三 川畑幸男
梶原影俊
仁礼景雄
藤井茂夫 
田中徳太郎 時田謙 関京子  1969
 1984年
(昭和59年)
長田民主
商工会
中川一三 川畑幸男
梶原影俊
藤井茂夫 
田中徳太郎 時田謙 関京子  1884
 1985年
(昭和60年)
長田民主
商工会
中川一三 川畑幸男 
梶原影俊
藤井茂夫
粟田晧二 
田中徳太郎 藤井茂夫 時田謙 関京子  1876
 1986年
(昭和61年)
長田民主
商工会
中川一三 川畑幸男
梶原影俊
藤井茂夫
粟田晧二
白井 弘二 藤井茂夫 時田謙 関京子  1813
 1987年
(昭和62年)
長田民主
商工会
中川一三 川畑幸男
梶原影俊
藤井茂夫
粟田晧二 
白井 弘二 藤井茂夫 中村光輝 関京子  1815
 1988年
(昭和63年)
長田民主
商工会
川畑幸男 藤井茂夫
粟田晧二
清水俊一
河口 堅
白井 弘二 藤井茂夫 中村光輝  関京子
 1989年
(平成1年)
長田民主
商工会
川畑幸男  藤井茂夫
粟田晧二
清水俊一
河口 堅 
白井 弘二 藤井茂夫  関京子
 1990年
(平成2年)
長田民主
商工会
川畑幸男 藤井茂夫
粟田晧二
清水俊一
河口 堅
金増和男 藤井茂夫 関京子  1772
 1991年
(平成3年)
長田民主
商工会
川畑幸男 藤井茂夫
粟田晧二
西堀超也
金増和男 藤井茂夫 関京子  1768
 1992年
(平成4年)
長田民主
商工会
川畑幸男 粟田晧二
河口 堅
金増和男 西堀超也 関京子  1686
 1993年
(平成5年)
長田民主
商工会
川畑幸男 粟田晧二
河口 堅
西堀超也
酒井享子
金増和男 西堀超也 関京子  1707
 1994年
(平成6年)
長田民主
商工会
川畑幸男 粟田晧二
河口 堅
西堀超也
酒井享子
金増和男 西堀超也 関京子  1696
 1995年
(平成7年)
長田民主
商工会
粟田晧二 河口堅
西堀超也
酒井享子
安藤義男 
金増和男 西堀超也 西堀典子  1604
 1996年
(平成8年)
長田民主
商工会
粟田晧二  河口堅
西堀超也
酒井享子
安藤義男
金増和男 酒井享子 西堀典子  1351
 1997年
(平成9年)
長田民主
商工会
粟田晧二  河口堅
西堀超也
酒井享子
安藤義男
金増和男 酒井享子 福田伊佐夫 西堀典子  1389
 1998年
(平成10年)
長田民主
商工会
粟田晧二  河口堅
西堀超也
酒井享子
安藤義男
金増和男 酒井享子 福田伊佐夫 筒井早苗  1390
 1999年
(平成11年)
長田民主
商工会
粟田晧二  河口堅
西堀超也
酒井享子
安藤義男
金増和男 酒井享子 福田伊佐夫 筒井早苗  1285

長田民商事務所の推移

民商創立当時の事務所は現在の長田神社大鳥居横(さくら銀行長田支店裏)の長屋の一角(和田みよ宅)で机を二つ置けば会員が5人も入れないほど 狭いところでした。

会員の拡大が進み1967年(昭和42年)腕塚町2丁目(現在の法人部)を、1口5000円の出資金をつのり530万円で購入した。

1974年(昭和49年)従来の事務所の3倍の広さをもつ現在の民商会館を1口3万円の出資金をつのり3000万円で購入し盛大な 祝賀会を開きました。

民商会館の管理は会館管理委員会で行い(委員長梶 原影俊)1963年20名の株主による株式会社長田民商会館(中川一三 社長)を設立し、1993年(平成5年)にはすべての出資金は返済が完 了しました。

1998年大震災で痛んだ民商会館を1口5000円の出資 金で850万円の費用で改修整備が完了しています。

垂水民商の分離独立

垂水民商の誕生は1950年(昭和25年)全兵庫民主商工会に加盟し たことから始まります。

当時会員数は200名と言われ、支部活動も活発でした。

1950年(昭和25年)には垂水廉売市場支部の支部長であつた古川氏への人間差し押さえ事件が発生しました。

垂水民商は須磨税務署への抗議行動、税務署が謝罪のため持ってきた米(1斗)がやみ米と解りこれを拒否し、須磨警察に会員60人で抗議したことが記録されています。

しかし全国的な民商衰退の時期に(昭和29年)会内部の不備とあいまっ て解散状況に陥り、ここの会員は点在会員になり西神戸民商が長田共栄商工会に名称を変え際発足した際合流しています。

1965年(昭和40年) 西神戸民商の垂水支部として発足、翌年には支部事務所を建設し、西神戸民商から橋本泰之(後須磨民商事務局長)幣守薫(後垂水民商事務局長) 白川豊(後長田民商事務局長)吉川吉雄西神戸民商事務局長らが支部事務所に長田から行き運動を展開した。

当時56人の会員から126名に会員 を倍加した垂水支部を分離独立を決断した西神戸民商理事会は、斉藤茂事務局員を派遣し、1969年(昭和44年)6月16日に126名の会員で垂水民商を再建させました。

その後垂水民商は1980年(昭和55年) に西神民商を71名で分離発足させました。

西神戸民商は垂水民商を分離独立させた翌年も会員現勢を大きく拡大しています。

なお初代会長木村政雄、初代事務挙幕長斉藤茂です

須磨民商の分離独立

1947年(昭和22年)政府はアメリカの占領支配のアメリカ占領費捻出など戦後処理費、銀行を救済する金融機関補償費、大資本に支払れる価格調整費など、国民に過酷な負担を強行する徴税攻撃は激しさを増してい ました。

須磨税務署は早くから設立され1950年(昭和25年)に発生 した人間差し押さえ事件では須磨税務署所員が引き起こしたものです。

こういう中で須磨民商は垂水民商と同時に1950年(昭和25年)全神戸民主商工会須磨支部として発足し活動を展開していました。

しかし全国 的な民商衰退の時期に運動が困難に直面し、昭和31年から再建していた長田共栄商工会に、1958年(昭和33年)合流しています。

その後西神戸民主商工会の1965年(昭和40年)須磨支部、1970年(昭和45年)は西須磨支部会員としての運動を展開していました。

1971年(昭和46年)9月14日、337名の会員 で須磨民商結成総会を開き再建されました。

尚会長は吉川為吉、 事務局長は橋本泰之が就任しています